2014年6月12日木曜日

字幕における日本的表現

こんにちは!梅雨はいつでも眠いyokoです♪

いきなりですが、言葉にはそれぞれの国の文化を表すものが多く存在します。それは、まあ当然ですよね。日本の文化に由来する言葉は私たちにとって、なじみのあるものばかりなので、翻訳をしているとうっかり使ってしまいそうになります。ところが、よくよく考えてみると日本的表現を当てはめた洋画の字幕って、やっぱりなんだか不自然なんですよね。

 では、どんな言葉が不自然に感じるかというと「日常茶飯事」、「朝飯前」、「朝ご飯」など、「飯」のつく言葉。エッグ・ベネディクトやパンケーキの映像に「ほら 朝ご飯よ」という字幕がついていたら…なんかイメージが壊れませんか? やっぱりここは「ほら 朝食よ」のほうがいいですよね。ただ、ひらがなで「ごはん」の場合は許容されることもあります。3歳くらいの子供が「朝食 まだ?」というのも、ピンとこないですもんね…

 他にも避けたい言葉はあります。「一文無し(無一文)」や「一丁前」、それに「棚ぼた」「鴨ネギ」などのことわざの略。仏に関する言葉にもちょっと注意が必要です。たとえば「成仏」。これは仏教の概念なので、キリスト教文化が背景の物語には当然ながら使えませんよね。日本の刑事ドラマで殺人の被害者を「ホトケ」と言うことがありますが、それも字幕では使えません。

 でも中には言い換えるにもこれ以上の表現が見つからない、という言葉もあって悩みます。それが「茶番」です。これを言い換えようと思ったら「へたな芝居」とか「子供だまし」とか文字数が倍以上ですよ!しかも、なんだか微妙に違う。「茶番」はやっぱり「茶番」なんですよ!!!  というわけで、これまでに何度か「茶番」は使っていますが、今のところは許してもらっています。(制作会社やクライアントによって許容の幅は違います)

 字幕で避けたい日本的表現の言葉は他にも藪から棒、袖の下、カヤの外、カブトを脱ぐなどもあります。また、時代劇を思わせるという意味で「しょっぴく」という言葉も避ける傾向にあります。ただし、映像のジャンルによっては例外もあり、「無一文」などは目にすることも。こういった言葉は、私自身は普段口に出して使うことはあまりありませんが、肌に合うというか…字幕には使えなくても、やっぱりピンとくる表現ばかりですよね。 yoko


さて、ここからはイベントの告知です♪
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2 件のコメント:

  1. 字幕は、基本、しゃべりですものね。

    書籍でもカッコ書きの部分は同じだけど、地の文はもう少しゆるくていいと私は思ってます。著者も向こうの人なんですけど、姿が見えませんし。というか、「誰が書いているのか」をあんまり意識してほしくないので、そのためには、日本的なほうに少し引っぱったほうがいいだろうと。

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  2. なるほど、書籍の場合は読者が頭の中でイメージを広げるので、言葉は自然でなじみのあるほうがいい、ということでしょうか。姿が見えないという点は大きいですよね。視覚的な情報は印象が強いですもんね。
    同じ翻訳でも分野によっていろんな苦労や工夫があって興味深いです。
    コメントありがとうございました!

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